2008年3月19日水曜日

第三十回  -王政復古-

1867年10月、徳川慶喜が大政の権を朝廷に奉還し、12月9日に天皇方は王政復古を宣言した。その宣言のなかに「・・・王政復古、国威挽回の御基を立たせられたく候間、自今、摂関、幕府などを廃絶し、・・・諸事神武創業の始めに原(もと)づき・・・」とある。

徳川幕府成立よりも前、鎌倉幕府を超えて、平安時代の摂関体制を更にさかのぼり、「神武創業の始めに基づく」という。神武は初代の天皇で、はるかに日本神話の世界、神々の世界と直結している。神武は神々の血統を引く存在である。従ってその後裔はすべてカミの子孫であり、カミである。王政復古の重要な点は、国学の普及の結果そうしたカミを原点として政治を行うと宣言されたところにあった。

1869年3月14日には、五箇条の御誓文が発表される。
・「広く会議を興し万機公論に決すべし」
・「上下心を一にして盛に経綸を行ふべし」
・「官武一途庶民に至る迄各々其志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す」
・「旧来の陋習を破り天地の公道に基づくべし」
・「智識を世界に求め大いに皇基を振起すべし」

五箇条の御誓文の内容は、ある意味で極めて近代的なものであり、わが国が近代的な国民国家として再出発することが、ここで宣言されている。

この五箇条が「御誓文」であるゆえんは、これらを「国是」として掲げた後に、明治天皇が「我が国、未曾有の変革を為さんと欲し、朕躬をもって衆に先んじ、天地神明に近い、大いに斯の国是を定め、万民保全の道を立てんとす。衆また此の趣旨に基づき協心努力せよ」と述べているからである。天皇自ら国民に先立ってこれらを実現していこうという意思表明である。

あここで重要なのは、五箇条の御誓文に示されるような近代国民国家としての理念が、天皇の天神地祇への宣誓という形式で表明されたことである。天皇が率先して、また天皇が率いる政府が率先して、国民国家の建設に着手すると表明したのである。

0 件のコメント: