2008年3月7日金曜日

第十四回 -武士政治の誕生 平安~鎌倉時代-

九世紀になると班田収授法が行き詰まり、中央集権政治が成り立たなくなる。
朝廷は国司に地方政治を任せ、国司は有力農民を役人に取り立てて徴税に当たらせるようになる。また、有力農民は新しく開墾した土地を、税を免れるために荘園として貴族や寺院に寄進し、自らは荘園の管理者となって勢力を伸ばすようになる。

その中から、領地を守るために武装する集団が現われた。これが武士である。
武士集団は血縁を中心に勢力を広げ、やがて、清和天皇の子孫とされる源氏と、桓武天皇の子孫とされる平氏が力を持つようになる。

武士が政治力を持つようになったきっかえは、1156年に始まる保元・平治の乱であった。後白河天皇と崇徳上皇との対立が原因で、これに藤原氏や有力武士が加担して戦った。
天皇家の争いに、武士が大きな力を発揮したことから、武士は次第に政治に関与するようになる。平治の乱では平清盛が源義朝を破り、後白河法皇との関係を強めた清盛は武士として初めて太政大臣になる。

清盛の死後、源頼朝が平家一族を滅ぼし、政治の実権をにぎる。1192年、朝廷から征夷大将軍に任命された頼朝は、鎌倉に幕府を開いた。これが武家政治の始まりである。

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