2008年3月20日木曜日

第三十一回 -廃仏毀釈①-

平安時代以後、神と仏は習合されたかたちで受け入れられてきた。ところが江戸時代になって国学が確立され、カミとホトケは全然別であり、日本はカミの国であったのだという主張が、広く国民の各階層の人々に浸透した。 その延長上に「廃仏毀釈」と呼ばれる事件が起きた。

神社と寺院、つまりカミとホトケとは、明確に区別すべきだということを、政策として明治政府が取り上げたのである。 事件は1968年3月17日から始まった。

五箇条の御誓文の公表の三日後である3月17日、神仏分離の太政官の達しが公表された。 
その内容は以下のようなものである。


一、今回、王政復古――神武創業のはじめに還り、カミの子孫である天皇を原点として政治を行い、万事を一新する――ということだから、社僧などといって出家した僧侶の形で神社に勤めていたものは全部還俗して、神主・社人として、神道を以って勤めなさい。

一、仏像をもって御神体としている神社は、今後改めなさい。

一、全国に有名な石清水八幡大菩薩、宇佐八幡大菩薩、筥崎八幡大菩薩などと唱える称号は今後廃止し、八幡大神と改めなさい。

一、神仏の混淆は今後廃止しなさい。

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