2008年3月29日土曜日

第四十一回 -青年将校たちの夢「天皇親政」-

それでは、磯部たち、2・26事件の青年将校たちは、北の『改造法案』のどこに魅了され、なにゆえに聖典とまで仰いだのか。 『軍ファシズム運動史』の著者である秦郁彦(日本大学教授)に問うた。

「それは、やはり内政的には弱者の味方で金持ち、権力者などを抑えつける、いわゆる弱者の正義の鼓吹と、弱者、貧乏国は大国と戦い、広い領土を獲ってもいいぞ、という、軍人にとってのロマン・・・、もちろん誤りなんですがね」

秦は苦笑していい、「それと、日本改造のため、諸悪の根元である君側の奸を討つクーデターを行う。それを行うのは軍人だというのだから、若い憂国の将校たちは感激し、意気に感じるわけです」と指摘した。秦は「2・26の将校たちがほとんど『改造法案』のポケット判を背嚢に忍ばせていた」(『軍ファシズム運動史』)と書いている。

御廚貴(政策研究大学院大学教授)にも問うた。
「やはり、貧富の差をなくすという、共産主義にも似たラジカルな主張でしょう。自由主義経済がもたらしたのは貧富の差の拡大と、汚職、腐敗の蔓延だけで、これはダメだと。そして国家社会主義にすると。これは純朴な青年将校には、実にわかりやすいと思いますよ」

ともあれ、北の『日本改造法案大綱』は青年将校を魅了した。 青年将校たちは、「政治に一切関わらず」の一線を越えると同時に「テロも当然」、つまり、「政治体制を変えるという正しいことをやるのだから、何をよってもよい」という方向へ走っていった。

それでは彼らの「正しい政治体制」とは何なのか。

青年将校たちは、政党政治が天皇の意思をねじ曲げて、国を曲げていると思い込んだ。これには北一輝の日本改造法案などが強く影響しているのだが、ともかく彼らは、ならば天皇親政、つまり「天皇と軍、つまり自分たちとが直接結びつく政治にすべきだ」と考えた。

青年将校たちはそれが天皇のためだと信じ、それ以上のことは思いもしなかったにちがいないが、これは軍が、天皇の名のもとに、何事でも、意のままに出来る体制でもある。
だからこそ、軍幹部(とくに皇道派)たちは、青年将校たちのクーデター計画に反対ではなく、それをいかに利用しようかと考えていたのだ。

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