このようなカミに対して、日本人はどのように接してきたのだろうか。
古代日本人がカミに対してしてきたことは、第一にマツルことである。
カミを招請して祈願するには、必ず山海の美味・珍味を捧げた。マツルとは起源的には、食物を供え、酒を差し出すこと。マツリとは現在では「桜まつり」「古本まつり」などと広く神事に関係のないことにも使う。
しかしマツリは本来、カミに祈願するために酒食を捧げることであるから、小集落・村・国とそれぞれの単位ごとに、各地に神社が建てられると、毎年豊作の祈願と感謝の祭りが行われた。そこでは、カミを喜ばせるために酒食を供する他に歌舞なども行われた。
国家の長としては、カミへの奉仕をすることが最大の役目であったから、「マツリゴト=神への奉祭=政治」という考え方が成り立ち、日本語では政治をマツリゴトと言い習わしてきた。つまり日本では政治は、人々が集まって多数で決議することによって始まったのではなく、神に物をマツり、神の加護を求めることに始まり、その系譜で引き継がれてきたことが分かる。
カミに対して奉仕するものはそれに先立って自身を清めるためにミソギやハラエをする。罪をケガレと捉え、罪を外側についた汚れと考える。だから、ミソギをすれば、つまり水に入って洗い流せばよいと考える(わだかまりを「水に流す」のもそれである)。ハラエもまた、身の罪または過ちを捨て去ることであり、今日でも御幣を振るってオハライをする。
人間はまたイノリをした。イノルとは、願うことを持つときに、カミを呼ぶことで、そのとき頭を下げるのをノムまたはナムといい、両手を合わせて祈ることをコウ(乞)という。
これらの動作を通して、また祝詞の本文を見て理解できるカミの最も根本的な役割は、産土神(居住する地域を守り、その生産をもたらす神)であっただろう。ウブスとは「産むす」であり、「生産サセル」こと。ナは「土地」であるから、産土神は「生産をもたらす土地を領有し、支配する神」ということだったであろうと考えられる。
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