2008年3月19日水曜日

第二十八回 -五人の国学者 平田篤胤編①-

学問研究として見出された結果を政治のうえで実践しようとする人物が初めて現われた。平田篤胤である。篤胤は宣長を深く尊敬し、没後の門人と名乗って多くの著述をなし、数多くの弟子を得て社会変革の一つの勢力を形成した。

篤胤は『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』『風土記』『新撰姓氏録』などを綜合した『古史成文』三巻を自分から編成して古代日本の姿として描き、その根拠を示す『古史徴』四巻、注釈としての『古史伝』二八巻を著わした。宣長が文献によって「事実がこうある」ことを明らかにしたのに対して、篤胤は「明らかになってきたことのままに将来もあるべきだ」と考え、生活や実際の政治の方向を、そこへ持って行こうとした。

篤胤は、日本の国内の文献を広く見るにとどまらず『易経』の研究をつんで、中国の儒教の本質に迫り孔子を批判し、仏教についてもみずから『印度蔵志』を著作して釈迦以下に論評を加えた。「神」についても『鬼神新論』を書いて中国やインドの神々にも、日本の古代の神に似たものがあることを指摘し、それを日本の優越性として説いた。

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