2008年3月19日水曜日

第二十四回 -国学の日本研究-

江戸時代に入ってから国学という研究分野が新たに確立された。それは初め古学ともいわれ、古代日本の真相を日本についての文献の読解によって明らかにしようとするものだった。つまり、儒仏渡またその来以前の日本はどんなだったか。「日本とは何なのか」という問いを国学者は改めて提出した。

その問いに対して、中国あるいはインドの学問に頼り、またその論の枠組みを借用して説明しようとするいわゆる神道家とは別に、日本自身の古代の文献を正確に日本語として理解することによって、その文献の語るところを、正確に認識し、それを日本と認めようとした。国学者といわれる人々はそれを内発的に自覚をもって行った。

このような、日本人が行った日本に関する研究が、幕府を倒し、日本の政治を変革するところへ強力に働いたことはそれまで例がなかった。また国学は、カミの意識を変革し、ホトケは本来輸入品であるという事実を明確にした。そして、文献以前、儒仏以前の日本こそ独自の日本であるという考えを導いた。その姿勢は重要である。

国学を代表する五人の研究者は、およそ30年の間隔で生まれた。

契沖     けいちゅう     (僧侶)      1640~1701
荷田春満  かだのあずまろ  (神職の家筋)  1669~1736
賀茂真淵  かものまぶち    (神職の一族)  1697~1769
本居宣長  もとおりのりなが  (医者・仏教徒) 1730~1801
平田篤胤  ひらたあつたね  (武士)      1776~1834

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