2008年3月5日水曜日

第六回 -神話と血統が支えた皇統観念-

"王中の王"である大王は、理念的には連合政権の構成メンバーと同列であり、そのなかの盟主という存在にとどまっていた。それに対して、スメラミコトとしての天皇は、他から隔絶した権威をもち、もはや連合政権の盟主という性格を払拭した超越的な存在となっていたのである。

大王の団塊に、大王が天つ神の子孫(天孫)であるという観念は芽生えていたが、まだ漠としたものであり、奈良時代以降のように、天照大神の直系の子孫という明確な形の皇統観念にはなっていなかった。

天皇が天皇であることの根拠は、「天孫降臨」の神話にあった。天皇号の成立時期にあたる天武朝に建国神話の体系化が推進され、八世紀はじめの記紀の成立によってそれが定着していく。

中国では、天と地上の支配者を結びつけるものは天命という抽象的な概念であったのに対し、日本では天孫降臨という具体的な神話であり、君主の資格としては、天照大神の直系の子孫という血統(これはもちろん事実ではなく、観念的なもの)が重視された。神話と血統が天上世界と地上の支配者を結びつけていたのである。

天皇が"神"であるといっても、天皇が人々の信仰の対象となっていたというわけではない。天皇は何よりも国家支配を正当化する究極の政治的な権威として存在した。

律令体制下、国家統治の法はミコトノリ(詔・勅=天皇の命令)として発布された。
"神"である天皇の名において国会意志としての法が発布され、その神的権威によって国家意志への服従がうながされたのである。天皇は"神"に飛躍することに成功して、はじめてこの究極の権威の源泉という地位を手にすることができたといってよいであろう。

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